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スペシャルプラン 風林火山 真田氏のゆかりの地が菅平周辺や上田にはいたるところにあります。当ホテルとしても信州のお越しいただいた方々にはぜひ足を伸ばしていただきたい場所として、何箇所かピックアップしてお勧めいたします。
  観光スポット東信(真田氏ゆかりの地)
車で約30分

砥石城

川中島合戦コースイメージ

砥石城は、上田盆地の北半分の抑えであった城で村上氏・武田氏・真田氏らの争いの場に明け暮れた場所であった。
  武田信玄が天文19年(1550)村上義清の守る砥石城を大軍で攻めたが攻略できず、かえって退却した時に将士千人が討死し敗退した。俗に言う「砥石崩れ」である。その翌年五月、武田氏配下の真田幸隆が、得意の戦略で砥石城を乗っ取った。砥石城を手に入れたことは、武田氏の村上氏攻略に大きな転機となり、天文22年四月に村上義清の本拠葛尾城は戦わずして陥落し、村上義清は越後の長尾景虎を頼って落ち延びている。

車で約20分

真田お屋敷

川中島合戦コースイメージ

真田氏が上田城を築城する以前の、真田在住時代の居館跡で地元ではお屋敷と呼び、つつじの名所としても親しまれている。居館跡には真田昌幸が勧請した皇大神宮が建ち、周囲は東辺80m・西辺130m・北辺150m・南辺160mの梯形状の土塁や桝形、廐跡の遺構が残っている。
  土塁は、広い所では7.5〜8m、高さ2〜2.5mで土石混合をもって築き上げてある。
  この居館跡は中世豪族の居館形態が、ほぼ完全な形で保存されており後世の大真田氏に発展した貴重な遺跡といえる。また遺跡周辺は、公園整備がされており「御屋敷公園」として親しまれている。

車で約30分

上田城

 

1583年武田信玄家臣真田幸隆の子昌幸が上田城築城(1583年)。
豊臣方についた昌幸、幸村は1600年に高野山に配流され、徳川方についた信之(昌幸の長男)が1622年まで上田を統治する。戦国の世、親子で敵、味方に別れ、真田氏の生き残りを考えた戦略は見事花を結んだ。
真田家は1622年に現長野市松代町へ移封( 松代藩 真田家 明治まで250年間統治。この理由は真田信之の正室(妻)が、徳川家康の養女「小松姫」であったため、家康の命で真田家は移封するべからずの「お墨つき」を拝領したため。 )。


車で約20分

真田本城跡

 

この城跡は、天白城と共に馬蹄形状に構築され、南西面に広がる 緩斜面には、真田氏館跡や原の郷があり、さらに指呼の間に戸石城・矢沢城を望むことができる。
本郭は東西8.6m南北3.7mの広さで、南側に高さ2mの土塁を築き、北方へ二の郭三の郭と段差を設けながら延び出し、その北側は急崖となって厳重に防備している。規模は大きく水利もあり、周辺城跡群等の関係からみて、上田築城以前の真田氏本城であったと推定される。<本城跡 解説による>

車で約30分

池波正太郎館

 

直木賞作家・池波正太郎氏とその著書『真田太平記』の資料を展示しているミュージアム。常設展示や季節の企画展示のほか、シアターやギャラリーで池波ワールドにどっぷり浸かれる。

大人300円
高・大学生200円
小・中学生100円


車で約40分

海野宿

 

海野宿は、寛永2年(1625)に北国街道の宿駅として開設された。北国街道は、中山道と北陸道を結ぶ重要な街道で、佐渡で採れた金の輸送や、北陸の諸大名が参勤交代で通った道であり、江戸との交通も頻繁で善光寺への参詣客も多かった。
海野宿は伝統的な家並みが現在まで保存されていることから、昭和61年には「日本の道百選」に、62年には「重要伝統的建造物群保存地区」に選定を受けています。

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